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人生 喜怒哀楽

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アメリカ人から見た安保法案について

僕らアメリカ人が日本の安全保障問題について、しつこく意見を述べたりすると、日本の皆さんはむかつくかもしれない。がそこは了承をお願いしたい。

「敵国の少ない日本が集団的自衛権を実行し、敵国の多いアメリカとつながれば、日本がより危険な状態になると思う」

「武装して勢力の均衡を保とうとする場合、相手が核保有国だったら、こちらも核保有国になる必要さえあるのでは?」の疑問も湧く。

民主主義下で政府の権力乱用を防ぐ「抑止力」は、主に2つある。それは憲法と民意だ。この2つは、どこの民主主義国でも政府の暴走を止めるブレーキ役となるはずのもの。しかし、日本ではどちらも機能していないように見える。なんでだろう?

 まずは憲法について。そもそも日本政府が自由奔放に武力行使を行えないのは、憲法第9条によって制限されているからだ。安倍首相はもともと憲法改正を目標に掲げていたが、9条を変えるのはかなり難しそうだった。そこでハードルを下げるため、憲法改正の手続きについて定めた96条の改正を目指すことにした。

それが96条に定められた憲法改正の要件のうち、発議に必要な「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」とあるのを議員の過半数の賛成でもOKにしようとしたわけだ。

もちろん安保法案が違憲であれば破棄されるはず。それが憲法の抑制力。しかし違憲立法審査を行うのは最高裁判所。ここに日本の特徴が出てくる。日本の最高裁は韓国のような「憲法裁判」ではない。さらにほかの国のように抽象的違憲審査制を採用していない。日本では、特定の事案がないと違憲かどうかを審査できないのだ。実際に海外派遣などで自衛隊員が死亡し、その遺族が裁判を起こしたりするまでは、裁判で安保法制の合憲性を検証することができない。

しかも歴史的に、防衛関係の裁判に関しては「高度な政治判断だ」とし、憲法判断を下さない傾向がある。ブレーキのひとつは利いていないも同じだ。

では、民意はどうだろう。?

選挙で選ばれた議員が民意に沿って活動するというのは、どこの民主主義国にとっても基本の仕組みだ。しかし最近、日本では民意に反する政策が目立っている。記憶に新しいものだけでも、特定秘密保護法原発の再稼動、米軍基地の移設、労働者派遣法などなど盛りだくさんだ。

 また、今回の安保法案に関しても、たとえば自衛隊の活動範囲が「非戦闘地域」から広げられることや「日本周辺」という文言が外されること、議員の事前承認が不要になることなどの内容には、国民の過半数が反対している。各種世論調査からも、そうした状況は政府に伝わっているはず。それなのに、止まることはない。「国民の理解が進んでいないのは事実」と認めながらも法案を採決した。

 なぜそんなことができるのか? ここにも日本の独特さがある。それは、立法権衆議院に集中しているということ。参議院で否決された法案でも、衆議院の3分の2の票があれば再議決ができる。67%の議席数は高い基準と思われがちだが、衆議員は総選挙で全員同時に決まるから、そのときの出来事や特定の時勢など一時的なファクターでひとつの政党が圧倒的な議席数を一気に勝ち取ることができる。去年の総選挙もそんな「今だ!」感が強かった。

アメリカの場合は、下院、上院、大統領の3つの判子が押されないと法律にならない。そして、この3つの判子の在り処が同じ政党で揃うことはめったにない。日本では数年前の「ねじれ国会」がもの珍しかったけど、アメリカの政府は普段からねじれまくりだ。

もうひとつ忘れてはいけない独特さは、日本が「事実上」一党制に近い状態にあるということ。ほかの国は野党と与党が定期的に入れ替わることが多く、与党の危機感が常に高い。いつ政権を失ってもおかしくないからこそ、民意にアンテナを張っている。日本はこの70年間で総理大臣がころころ変わっている。が、自民党が与党から外れたことは2回しかない。政権交代の恐れがなければ、与党が民意に沿う必要をあまり意識しないかもしれない。

抑制がないままだと・・・・・・法案が間違っていても、違憲であっても、民意に反していても、同じく採決はできるということになる。与党の思うままにすいすい通せるってわけ。実は強行じゃないからこそ、怖いのかもしれない。

以上 newsweekjapanより抜粋

よく見て考えているコメントだと思う!

今の与党には辛口かも知れないが・・・^^